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静岡地方裁判所沼津支部 昭和45年(ワ)205号 判決

原告

野村勝彦

被告

大富士運輸株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し二九六万七〇〇〇円と内金二五八万円に対する昭和四五年四月二日以降完済迄年五分の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求原因として「原告は被告会社の従業員としてトラツクの運転手をしていた者であるが、昭和四三年九月二五日午後一〇時頃、被告会社肩書地にある被告会社の事業場内で、同会社従業員山田昌弘が運転し、被告会社の所有する大型トラツクにひかれ、右大腿下腿陰のう挫滅、筋肉断裂創、右腰下腹部挫創の重傷を負つた。

従つて被告会社は原告に対し自動車損害賠償保障法第三条に基づき、原告の受けた損害を賠償すべき義務がある。

原告は事故前トラツク運転手として一ケ月六万円を下らない給与を得ていたところ、事故による治療のため昭和四三年一〇月から昭和四五年一月三一日迄一六ケ月分の給与九六万円を失つた。

又原告は事故当時から昭和四四年六月一二日迄約九ケ月間芦川胃腸病院で入院治療を受け、その後同年八月一五日迄温泉治療を受けたが現在右膝関節機能障碍(労働者災害補償保険法施行規則障害等級表第一二級)、両下腿の醜状(同一四級)の後遺症があるから慰藉料として入院中の分一二〇万円、後遺症一二級の分三一万円、一四級の分一一万円計一六二万円を必要とする。

更に原告は被告会社が損害賠償に誠意を示さないので昭和四五年二月一〇日原告の代理人である弁護士三名に本訴の提起を委任し、同日着手金として一〇万円を支払つたほか、成功報酬として認容額の一五パーセントの支払いを約したからその金額は三八万七〇〇〇円となる。

よつて被告に対し以上合計二九六万七〇〇〇円と内金二五八万円に対する本件訴状送達の翌日昭和四五年四月二日以降完済迄民法所定年五分の損害金の支払いを求める。」とのべ、被告の抗弁に対し、「原告が被告会社の車庫前にある空地において山田の運転する車が後退して入つてきたときにひかれたこと、この空地は道路に面し、被告会社の車両が出発、到着のため常時出入りする場所であること、車庫の奥に運転手等の寝室があること、原告が当夜飯酒したこと、山田が刑事上、行政上の処分を受けていないこと、被告がその主張のような支払いをなしたことは認めるが、原告が自己の非を認めて被告の支払つた分を後日弁償すると約したこと、運転手の山田に過失がなかつたことは否認する。山田運転の車に構造上の欠陥、機能障害がなかつたことは知らない。

被告主張の車庫内には電燈があり、点燈されていたから車庫前の空地は夜とはいえ相当明るかつた。そして右車庫には夜間大型トラツクの出入りがあり、車庫及び車庫前の空地には夜間出発する運転手や助手のいることもあるから、運転手が大型トラツクを運転して道路から車庫内へと後退するに際しては後方に十分注意を払うべきであり、本件の場合も運転手の山田が右の注意を払えば容易に原告を発見して事故を避けることが出来たものである。

従つて山田運転手に後方不注意の過失があつたことは明らかである。

仮に右空地が余り明るいものではないため山田運転手が原告の姿を発見出来なかつたのは無理もなく、従つて被告会社に自動車損害害賠償保障法第三条但書の免責が認められるとしても、被告会社は民法第七一七条による土地工作物の占有者としての責任を免れない。

即ち被告会社は一五台の大型トラツクを所有して中長距離運送業を行なつているのであるが、トラツクはすべて夜間に出発するため、前述のように車庫内は夜間でも出発準備等のため相当に車の出入りがあり、車が道路から空地の後ろの車庫内へ後退して入る際、車庫内に他の車があると後方確認は困難な状態にあるのであるから、前述のように車庫及び車庫前の空地に夜間出発するトラツクの運転手や助手がいることもある以上、被告会社としては事故防止のため車庫内及び車庫前の空地の照明を十分にして車庫に出入りするトラツクから車庫及び空地にいる人の動きを容易に発見出発見出来るようにすべき義務があるものというべきである。

然るに被告会社は車庫内に四〇ワツトの裸電球二個を一組にしたのを四箇所設置したにすぎず、空地は勿論車庫内すら十分明るくしておかなかつたので、このため山田運転手は原告を発見することが出来なかつたのである。従つて本件事故は被告会社の車庫の照明設備の不十分なことから生じたもの、つまり土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があつたことにより生じたものというべきであるから被告会社は右工作物の占有者として原告の損害を賠償すべき義務がある。」とのべた。〔証拠関係略〕

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として「原告が被告会社の従業員としてトラツクの運転に従事していた者であるところ、原告主張の日時場所において被告会社の従業員山田昌弘の運転する被告会社所有の大型トラツクにひかれたことは認めるが負傷の程度は不知、損害の点は争う。」とのべ、抗弁として「原告のひかれた場所は被告会社の車庫の前の空地であるがこの空地は道路に面し、被告会社の車両が出発、到着のため常時出入りする場所である。原告は事故当夜一二時に出発の予定であつたが外出して大酒し、泥酔の上帰つてきたので同僚に介抱されて車庫の奥にある運転手等の寝室に寝かされたところ、いつの間にか右の空地へ出てきてパンツ一枚の裸体のまま寝てしまつた。そこへ山田の運転する被告会社の車が出発のための燃料を入れて戻り、右空地へ後退して入つてきた。空地は車庫内の電燈で僅かに明るい程度であつたが山田はまさかこのような所に人が寝ていようとは夢にも思わず、又原告の寝ている場所が死角に入つていたので、山田は後方に十分注意を払つたにも拘らず原告を発見出来なかつたのである。

従つてこのような状況の下では被告会社の車を運転していた山田には勿論被告会社にも何等過失はなく、右の車に構造上の欠陥、機能の障害もなかつたのであるから本件事故について被告会社に責任はない。むしろ車両の出入りすることが判つている右のような空地に裸で寝ていた原告にこそ過失があるものというべきであり、山田が何等刑事上、行政上の処分を受けていないことは山田の無過失を物語るものである。然し被告会社は原告のために入院費三九万三五〇〇円、付添家政婦の費用三三万三五八〇円、温泉療養費六万五二六〇円計七九万二三四〇円を立て替えており、原告は被告会社の好意に対し自己の非を認め、恢復の上は右立替金を必ず弁償すると約したのである。」とのべ

原告の予備的請求原因に対し「被告会社が一五台の大型トラツクを所有して中長距離運送業を行なつており、トラツクはすべて夜間に出発するので、車庫内は夜間でも出発準備等のため相当に車の出入りが多いこと、車庫及び車庫前の空地に夜間出発するトラツクの運転手や助手がいることもあること、被告会社が車庫内に原告主張のような電球を設置してあつたことは認めるが、車庫内に入る車が後方確認の困難な状態にあること、車庫内が十分明るくないこと、被告会社に民法第七一七条の責任があることは否認する。」とのべた。〔証拠関係略〕

理由

被告会社の従業員としてトラツクの運転に従事していた原告が昭和四三年九月二五日午後一〇時頃、被告会社の肩書地にある同会社車庫前空地で被告会社従業員山田昌弘運転の大型トラツクにひかれて負傷したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば原告は右太腿下腿陰のう挫滅、筋肉断裂創、右腰下腹部挫傷の重傷を負い、昭和四四年六月一二日迄入院治療を受けたことが認められる。

そこで先ず右事故について果して運転者の山田に過失がなかつたかどうかを判断する。

右空地は道路に面し、被告会社の車両が出発、到着のため常時出入りする場所であり、原告は山田が大型トラツクを後退させて右空地へ入つてきたときひかれたものであること、当時原告は飲酒していたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば次の事実が認められる。

原告は事故当夜一二時にトラツクを運転して出発の予定であつたが、夕方五時頃から夜八時頃迄同僚二人と共に酒を飲み、酩酊の上右車庫に帰つてきたが右空地に寝てしまい、そこへ当夜十一時半頃出発の予定であつた山田が燃料を補給した車を運転して戻り右空地へ後退して入り始めた。山田は左後方は後写鏡により、右後方は運転席から体を乗り出すことにより確認しながら後退して行つたのであるが、右空地は後方の車庫内にある電燈によつて照らされている丈でほかに照明設備はなく、又右電燈の光りも車庫内のトラツクにより遮られて十分届かないので空地は薄暗く、そのため地上に人が横たわつていることに気づくことは極めて困難な状況にあつた。山田も後車輪に何かが当たつたように感じたので車を前に出し、降りて見たところ、初めて原告がそこに寝ているのを発見したのである。

右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば運転者の山田は後方の確認を行ないながら車を空地へと後退させたのであるが、夜間照明の十分でない場所に原告が寝ていたため、これを発見出来なかつたものであるところ、原告の寝ていた空地は被告会社のトラツクの発着する場所であつて、このような場所に、しかも夜一〇時頃人が寝ていようとは誰しも予想し得ないことであり、このことは原告自身もその本人尋問において暗黙のうちに肯定するところであるから、右空地ヘトラツクを後退させる運転者として、後方に人が立つていないかどうかを確かめれば十分であり、それ以上万一そこに人が寝ていてもこれを発見し得る程の注意を払う義務は要請されていないものというべきである。

従つて運転者の山田が右のように後方を確認して後退した以上、原告を発見出来なかつたことに何等過失はないものと見るべきである。

そして山田の運転していた車に構造上の欠陥、機能の障害がないことは弁論の全趣旨から認められ、車の所有者である被告会社自身の過失も認められないから、本件事故につき被告会社は自動車損害賠償保障法第三条但書の証明があつたものとして、その賠償責任を負わないものというべきである。

進んで民法第七一七条による被告会社の責任について考察するに前記空地の後方にある車庫は土地の工作物に当たるものと解せられ、右車庫が被告会社の占有するものであることは冒頭認定に照らし明らかである。

そして被告が大型トラツク一五台を所有して中長距離運送業を行ない、トラツクはすべて夜間に出発するので車庫内は夜間でも出発準備等のため相当に車の出入りがあり、車庫及び車庫前の空地に夜間出発するトラツクの運転手や助手がいることもあることは当事者間に争いがなく、右空地にも被告会社のトラツクが常時発着のため出入りすることは前認定のとおりであるから、被告会社として右運転手や助手の安全のため、何等かの照明設備を施すべき義務のあることは当然である。然るに右車庫内には、被告の認めるように、四〇ワツトの裸電球二個を一組にしたのを四箇所設置してあるにすぎず、この電球の光りによつては車庫前の空地は依然として薄暗く、空地自体にも照明設備はないので、このため山田が原告を発見出来なかつたものであることは前認定のとおりである。従つて車庫に更に光度の強い電球を数多く、しかもトラツクによつて遮られない箇所に設備すれば、これによつて車庫前の空地は明るくなり、山田は空地に寝ていた原告を容易に発見して本件事故の発生を避けることは出来たと考えられるから、この意味において被告会社の車庫に対する照明設備の程度如何と本件事故の発生との間に因果関係があることは否定出来ない。

然し翻つて考えて見るに、運送業を営む被告会社がその占有に属する車庫に照明設備を施すに際し、その設備は、夜間車庫前の空地に出入りするトラツクの運転手において、そこに寝ている人を容易に発見出来る程度のものでなければならないかは極めて疑問であり、夜間車庫の附近並びに車庫前の空地にいるのは被告会社の従業員である運転手と助手に限られ、同人等は右空地にトラツクが出入りすることを知悉している筈であることと右空地に夜間人が寝ていることは前認定のように誰しも予想し得ない事態であることから考えるとき、被告会社のなすべき照明設備は空地に寝ている人を発見出来る程の明るさである必要はなく、右運転手と助手の姿が見える程度の明るさであれば足りると解するのが相当である。そして前認定したところと証人山田昌弘の証言に照らすとき、右車庫の照明設備にその程度の明るさは備わつていたと認められるから、本件において車庫の占有者である被告会社に対しその設置又は保存につき瑕疵があつたとなすことは出来ない(尤も車庫の照明が車庫前附近或いは空地にしやがんでいる人の姿を発見するに十分であるかは必ずしも明らかではなく、若しそれに十分ではないとすれば、被告会社の従業員がしやがんで仕事をすることも有り得ないことではないから、被告会社の車庫の照明設備は、右の場合に対処し得ない点で瑕疵があるというべきことになろう。然し本件はそのような事案ではなく、原告が寝ていて事故に会つた事案なのであり、しかも全く照明設備がなかつた場合ではなく、或程度の照明設備はなされていた場合なのであるから、あくまでその設備が寝ている人の姿を発見出来る程度の明るさであることを必要とするか否かに限定して論ずべきものと考える。)。従つて民法第七一七条による被告の責任も亦否定するほかはないから、結局被告に対する原告の請求はすべて失当として棄却すべきである。

原告が先に認定したような重傷を負つたこと自体については同情の余地なしとしないが、原告は当日運転手としての業務につく予定でありながら飲酒酩酊の上自ら事故を招いたものであることに思いを致し、被告から支払いを受けた二九万二三四〇円(被告代表者尋問の結果によると七九万二三四〇円の内、五〇万円は強制保険による保険金である。)の限度において満足すべきものである(被告代表者尋問の結果によれば被告会社が右金員の返還を要求する意思のないことは明らかである。)。

よつて民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 福間佐昭)

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